2007年
02月
21日
(水)
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「アンタみたいなアジア人はバスから降りろ。」
先の
スクールバスでの口喧嘩の最中に、娘が喧嘩相手の女の子から言われたこと。
差別の言葉。娘には、殴ってやるといわれたより、この言葉のほうが痛かったようだ。
人種の坩堝であるアメリカは、差別に対して敏感な国だと思う。一見、表向きは差別なんてないと見えるかもしれない。
しかし、アメリカ南部の歴史あるこの小さい町では、陰ながら、日常に往々と差別がいまだ、まかりとおっているのも事実。
中学生にもなれば、そういった雰囲気もうすうす理解できる。
アメリカにせよ、日本にせよ、世界中どこだって、特定の人種を好まない人がいるのは同じである。
人種に対して一度形成されてしまった偏見を変えるのは容易なことではない。
かといって、どの人種に生まれるかは、自分で選択できるわけもない。
だから、大事なのは、そういった一部の人が自分を好まないことを悲観するのではなく、世の中には自分のことを好んで慕ってくれる多くの人がいるということを感謝することだと、娘に話した。
たとえば、娘の場合は、バスに乗っているほぼ全員が友達であるといっても過言ではない。
学校では、もっと多くの友達がいる。友達の名前だけでも10個以上出てくる。今日は、だれだれとランチをしたとか、日によっては洋服までマッチさせようと友達どうし相談したり、はては、ベルトやジーンスを友達から借りてきたり、ブレスレットをもらったとか、毎日、楽しそうである。
白人もいれば、黒人、ヒスパニック、アジア系、さらに、それらのミックス。
だから、自分のことを嫌いだという人がいるという、変えられない事実を変えようとするより、自分のことを慕ってくれる人を大切にするように、いわば、ネガティブなエネルギーをいかにポジティブに変えていくか、娘に話した。
さらに、私が驚いたのは、娘がバスを降りろといわれた時、「お前みたいな、ホワイティーこそ、バスからおりろ」と言い返した白人の子供も娘の周りにはかなりいたらしい。
このホワイティーという言葉は白人を意味する卑語であり、子供が簡単に口にすべき言葉ではないが、この喧嘩相手の女の子は実際に皮膚も青白く透けるほど白いので、いったい、その言葉を吐いた子が、卑語を意味したのか、あるいは、単に色白をけなす意味だったのかは疑問ではある。
娘の肩を持ってくれる子供が同じバスにいたことは感謝せずにはいられないが、差別に加担するような発言は、いかなる時にも控えるようにとだけは、助言しておいた。
おりしも、アメリカでは、2月は、Black History Month。
黒人たちのルーツを振り返り、公民権運動が社会的不平等時代に終止符を打ったことを祝い、黒人の歴史において偉大な努力をつくした成功者に敬意を表そう、という月である。
公民権運動の始まりといえば、1955年の12月1日、同時42歳のローザ パークスがアラバマ州で公営バスの運転手の命令に背いて白人に席を譲るのを拒み、人種分離法違反のかどで逮捕されている。
当時は店屋の入り口が白人用と有色人種用と分けられていたのが普通だったと聞く。
黒人生徒専用の学校があり、劇場では白人は一階の席に座れるが黒人は二階席に座らせられた。黒人は白人と同じレストランでは食べられなかった。その時代のことを話す人びとが、いまだにこの町にはいる。
"The only tired I was, was tired of giving in." (唯一、飽き飽きしていたのは、屈服するということである。)
あの日、あの時、ローザ パークスが座っていたあたりのバスの席にはローザを含めて黒人、4人が座っていたらしい。そのうち3人は、白人に席を譲っている。しかし、ローザは席を立たなかった。
あの時、ローザが他の3人の黒人のように席を立ち、白人に席を譲っていたら、現在の黒人および有色人種の立場はどうなっているだろうと考えずにはいられない。

ローザ パークス。背景にはキング牧師。